余韻

昨日、50回をもってケニアシリーズの連載を終えることができました。
ほっとしています。


記事について

わずか2ヶ月ほどの滞在であったことと、事前の学習が不足していたことにより、
あまり突っ込んだことは記事にできず、ケニアや東アフリカのベテランがご覧になれば、
うわっつらだけの浅い内容であると、おしかりを受けそうです。
誤解もあるかもしれません。

できるだけ読者にも楽しんでいただけるように配慮はしたつもりですが、
どうしても、わたしの個人的な興味・関心が中心となってしまいました。

とはいえ、幾人かの方から「おもしろい」という感想をいただきましたし、
ブログ村の「アフリカ情報」で人気記事ランキングの1位から3位までを
独占するという、おどろきの体験もさせていただきました。

もっと知りたいとか掘り下げたいとお思いの方は、さいわいたくさんの
ブロガーが情報を発信しておられますし、また最近アフリカに関する
書籍もたくさん出ているようですので、そちらをご覧いただけたらとおもいます。


写真について

出来映えをあまり考えず、自分のメモ用に撮っていたため、
いざ記事を書いてもそれにぴったりと合った適切な写真がないということが
しばしばありました。
9年も前に、まさかブログなどを書こうとは夢にも思っていませんでしたから。

また、カメラからカードを抜いてパソコンに転送しているときに停電し、
せっかく撮った写真が消えてしまったこともありました。
(荷物を軽くするため、パソコンのバッテリーを持って行ってなかったのです。)
逃げた魚は大きいといいますが、二度と撮れないカットも何点か失いました。

さらには、旅先のホテルの部屋にコンセントがなく、デジカメの充電が不十分で
シャッターチャンスを逃したこともありました。

とはいえ、コンパクトデジカメは捨てがたく、もし、アフリカに限らず、
どこかに旅行したりしばらく滞在なさる機会を持てそうな方は、
ぜひ、コンパクトデジカメをポケットに忍ばせ、「他人に見てもらう」ことを意識して
撮りまくってお帰りください。

一眼レフデジカメは携帯に不便で、撮る方も撮られる方も意識しすぎます。
携帯電話についているカメラは持ち運びには便利ですが、ブレずに撮るのは
なかなか困難です。

いまは、コンパクトデジカメですら画素数がきわめて大きく、ファイル容量が
大きくなりがちですが、ブログやメモに使うと決めてしまえば画素数を下げて
撮れますので、あまりメモリーを食わないでしょう。

しかし、いつかは内蔵のカードがいっぱいになりますので、データを保存する
ツールもご準備されたほうがいいと思います。
私は、小型のノートパソコンにデータを移しましたが、いまはそれ用の
ハードディスクのようなもの?があるようです。

一眼レフカメラももちろん持っていきましたが、これにはスライド用の
リバーサルフィルムを入れていました。
国立自然公園の動物たちをたくさん撮ったのですが、これをそのまま、
あるいはプリントアウトして、スキャナーで読み込んで画像処理し、
ブログに用いました。
そうすると色も画質もコンパクトデジカメよりはるかに劣り、なんども失望しました。


連載について

連載をしようと思い立ったのは、ラジオで流れたケニアの様子が
懐かしかったからで、記録と写真がまがりなりにも残っていたからです。
十数回かけるかなあとおもっていたら、50回になりました。

記録といっても、実は、現地から職場の方にメールで伝えた内容が送信ボックスに
残っていたもので、それをもとにしました。
したがって、系統だった取材計画はなく、ただその日その日の気になったことや
聞いてほしいことなどを、それこそブランデーをなめなめ書いたため、
同じような内容が重なったり、重要な視点が欠落したりしています。
これもご愛敬で、おゆるしください。


読者へのお礼

記事にコメントをいただいたり、メールや電話で感想を聞かせていただいたり、
たいへんに励みになりました。

読んでくださるだけでもありがたく、ブログやケニアとはまったく関係のない知人と
お話をしていて、その方が「実は、私も愛読者です。」ときた日には、
驚きととともにうれしさも格別です。

長々と、温かく見守って愛読してくださった方々にお礼を申しあげます。


余韻

そして、いま振り返ってみると、日常の多忙さにかまけてほとんど忘れかけていた日々を、
これを機会に思い出すことになり、この連載期間中、懐かしさでいっぱいでした。

お世話になったかたがたに対する感謝の気持ちと同時に、その後のメンバーのこと、
ケニアの人々やその生活、街のようす、政情や経済、そして自然公園の動物たちのこと
などが気になっています。

そしてなによりも、中央のスタッフたちや地域の先生がたによって、
ケニアの中等学校の理数科教育が、どのように発展しているのか、ぜひこの目で
確かめたい気がします。

お役にたてたかどうかは、よくわかりませんが、
楽しく、充実した2ヶ月間、貴重な出会いを体験した2ヶ月間、そして二度と経験
できない奇想天外な2ヶ月間を振り返ると、心にしみる何かがあるのです。

この1、2日間、余韻にひたろうと思います。


にほんブログ村 シニア日記ブログ 男性シニアへ
にほんブログ村へ
にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村へ

※おもしろかったら下の「拍手」を
ポチッとおねがいします。励みに
なります。
スポンサーサイト

ケニア50(最終回) 大英自然史博物館

今日の中国新聞、ご覧になりましたか。
全国紙でも、たぶん昨日か今日の紙面にあるのではないかと思います。

放射線の拡散のようすを、天候や大気の動きなどの諸条件をもとにシミュレーション
したものが、ドイツでつくられており、毎日更新されているという記事です。

おっと、とおもいました。
なぜって、3月27日(日)の「海と原発」に関する講演会で、講師の
佐藤教授が最後のころに写し出してくださった画像と同じソースのものではないですか。

もう一度講演の時の写真を掲載しておきます。

ドイツからの画像

あの時は、「ドイツではいち早くこんな映像がアップされている。」という
お話で、具体的にはわたしのメモが追いつかず、なにを示した図なのか
あいまいだったため、ぼかした表現をしました。
今日の新聞を見ると、これこそが、わたしたちがもっとも知りたかった情報のうちの
ひとつです。

昨日インターネットで探し当てて見てみると、時間とともにその広がりが
わかります。しかも、毎日、その状況がわかるようになっています。
これを作っているのは、ドイツ気象庁です。

ドイツでは公の機関がいち早く出したのに、日本では、佐藤教授が示してから、
すでに10日も経ってようやくこれが日の目をみました。

「ドイツ 気象庁 放射能」でググったら、日本語訳された画面も
たくさん出てきます。
オリジナルは、上のドイツ気象庁をクリックしてご覧ください。

これを見れば、今日広島や東広島市で放射能が観測されたという情報も、
納得できます。
あっというまに、大きく広がっているのをみると、憂鬱になるとともに、
現場に近い方のご心配が痛いほどわかります。


さて、今日は、ケニア50と切りも良く、
今回をもって、このシリーズの最後の記事にしたいとおもいます。

1月初旬にラジオでナイロビの話を聞いてから思い立ち、
すでに4月になりました。
長い間のご愛読、誠にありがとうございました。


さて、ロンドンでの滞在は3月6日の早朝5:05到着から夕方18:15出発までの
十数時間。

ホテルで一息入れたあとは、よくばらず、自然史博物館の見学のみを考えていました。
できるだけ博物館の時間を確保しようと、10時の開館にあわせて
こんどはタクシーを呼んでもらいました。

すごく、立派な建物で、圧倒されます。

museum museum museum

ついに来ました。
あこがれの大英自然史博物館です。

一生のうち、一度は訪れたいと思っていた場所は、ここと、
ニューヨークの自然史博物館。
後者には、一度行ったことがあります。残念ながら、そのときも
数時間の見学だけ。
今回もタイムリミットが15時ですから、5時間だけです。


玄関でチケット売り場を聞いたら、特別展の部屋以外は無料とのこと。
写真も自由に撮っていいとのこと。
おーー、英国民の懐の広さよ。

開館直後から3時すぎまで、食事もとらずにどこかで入手した高級クッキーを食べながら、
しっかり見ることができました。
もちろん本気でみれば、1日や2日では回り切れません。
もう、二度とここに来ることはないだろうと、それこそ駆け足で、
でも、しっかりと見学したのでした。

玄関ロビーに入ると、首長竜が存在感を誇っています。
そこからすぐのところにプレシオサウルスが壁に貼り付けられて
いました。いずれも大胆な展示です。

ロビー プレシオサウルス

イギリスが生んだ進化学者チャールズダーウィンをどう扱っているのかも
たいへんに興味深く、見れば堂々とした胸像を置いて、ていねいに
説明しています。
かれの進化論のもととなった、ガラパゴス諸島のフィンチも、
教科書では図をよく見ますが、これをどう展示しているのかも関心がありました。
子どもにもわかるように、くちばしの機能を身近な道具と対比させています。

ダーウィン ダーウィンフィンチ

同じく、高校の教科書で必ずといっていいほど扱われている「ガの工業暗化」も
じつは、英国のマンチェスターでの研究です。
(この内容は、またいずれ書きますのでここでは省略します。)
したがって、お膝元の博物館がどのように展示するのかも興味があります。
これは、意外に扱いが小さかったです。

工業暗化

博物館での楽しみは、ショップでのお買いもの。
高校生たちが、たくさん来ており、楽しげに品定めをしていました。
日本の子どもたちと変わりません。
授業の一環として来ていました。
うらやましいですね。こんなところを利用して授業ができるなんて。

ショップ

その他、たくさん興味深い展示があり、写真もバチバチ撮ったのですが、
きりがないので、これくらいにしておきます。

もちろん、その後は分刻みです。
ホテルに帰り、シャワーを浴びて早めの夕食をとります。
送りの車にこんどはちゃんと乗り、ヒースローを無事(珍しく無事に)
発ったのでした。

ヒースロー空港を3月6日の18:15に発ち、関西空港に着いたのは
3月7日の15:20です。
寒さと、人の多さと歩く速さにびっくりです。

京都に住んでいた娘が新大阪まで迎えに来てくれていて、
食事をしながらひとしきりおしゃべりしたのち別れ、
広島に向かったのです。


こうして、わたしにとってひじょうに有意義な旅は、無事?終わったのでした。

お世話になった方々に、この場をかりて、心からお礼を申しあげたいと思います。

また、ご愛読いただいた皆様にも、お礼を申しあげます。

さらに、東日本大震災でたくさんの方々が亡くなり、また、いまだに
不自由な生活を余儀なくされているという状況のなかでの漫談は、
不愉快に思われた方も多いと思いますが、あえて連載を続けました。
日本中が落ち込んでしまったら、被災者も元気が出ないとおもうからです。

ぜひ、元気を出して、復興に立ち上がっていただきたいという
思いはかわりません。遠く、広島から、エールを送りたいと思います。


にほんブログ村 シニア日記ブログ 男性シニアへ
にほんブログ村へ
にほんブログ村 教育ブログ 理科教育へ
にほんブログ村へ


※おもしろかったら下の「拍手」を
ポチッとおねがいします。励みに
なります。

ケニア49 災い転じて

ラウンジから出たあとは、一昨日の記事に書いたとおりです。

約束の「Europe Car」の窓口がたんなる待ち合わせの場所であり、
この会社が送迎車を出してくれるのではないことを悟ったのは、
まだ開いていない窓口の前でしばらく待ってからのことでした。

まず、予約してあるホテルに電話しようとおもいました。
しかし、イギリスでの電話の仕方がわかりません。
イギリスに関するガイドブックはまったく持っておらず、通貨の単位が
ポンドということと、車は左、人は右程度の知識しかありません。
どのコインを電話に投入するのか、そもそもコインで電話がかけられるのか
どうかすらわかりません。

こうなったら、まずバスでホテルまで行こう。

ホテルまで行けば、手元にある簡易な地図で、唯一の目的地である
自然史博物館に行けるはずだ。これが最終結論です。

とはいえ、ひょっとしたらまだ運転手が待ってくれているかも知れないと、
アフリカ感覚の残った頭で、information へ行き、アナウンスを頼みました。

ヒースロー空港中に、
「Nairobi からの Mr.○○ を探しているドライバーはいませんか。」
と響き渡りました。
恥ずかしかったですね。

ケニアだったら何時間でも絶対待ってくれているのに、と独り言をいいながら、
バスの乗り方を聞きました。
さすがに Montcalm Hotel は有名らしく、すぐに地図をコピーしてくれたうえ、
Air bus に乗って Marble Arch Oxford Street で降りろと教えてくれました。
 
Air bus だって?
空気のバスってどんなだろう。
ネコバスはアニメで見たことあることけど、まさか風船でできたようなバスじゃない
だろうなあと、脳みそもリラックスしすぎです。

切符を買うと、8ポンド。
「ゲー、高い。」
ケニア頭が残っています。
当時は、1ポンド=約200円でした。

こんな高いのなら、きっと気球のように空を飛んでいくんじゃないだろうかと
うきうきしていたら、鉄でできた2階建ての真っ赤なバスがやってきました。

ピカピカにワックスのかかったおしゃれな車体の横には、飛行機の絵。
そうか、Air って、空気でなく、空港のことかと、バス以上に赤くなりました。

airbusfrontview airbussideview

客は、わたしひとり。
すぐ出発しようとしていましたが、ドライバーにちょっと待ってもらい、
正面から写真を撮りました。
pole pole といったかも知れません。

電柱がじゃまをしているので、ちょっと前に出して欲しいとお願いしたら
すぐに応じてくれました。親切ですね。
おかげで横からの写真も撮れました。

降りるバス停をドライバーに2度繰り返し、「絶対止まってね。」

そしてすぐに階段を駆け上がり、2階の最前列に陣取りましたね。
眺めはもう最高です。
前の車の屋根が、足の位置です。
本場のラウンドアバウト(サークル状の交差点)もありました。
立体交差やトンネルに入る時は、思わず頭をかがめてしまいます。
「おっと」なんてね。

view roundabout view

田舎では田舎の、街では街の、まさに写真や映画で見たロンドンの街。
それらも、見下ろすように見えるのです。

いつの間にか、客が一人乗ってきて、隣に座りました。
このおしゃべりおじさんが、いろいろ説明してくれます。

おや、街路樹の並木が満開のサクラに見えます。
(あいにく写真はブレブレでしたので省略します。)

これは、サクラですか、と聞くと、そうだといいます。

なんと、わたしは、満開のサクラの花をロンドンで勧賞できたのでした。
しかも3月上旬に。それも、うんと間近で。

「Oh, The cherry blossoms are in full bloom !」
受験英語が思わず漏れます。
「Yes, they are at their best now.」
彼もうれしそう。

サクラを見ると、なんともいえない感情になり、日本への思いがつのります。

結局、わたしは、迎えの車を逃してしまい、1600 円ほど余分なお金を
使ったのですが、おかげで空港からロンドンの街中まで、
ほぼ貸切状態の超大型デラックス車に乗り、1時間15分の、最高の cruising を
楽しめました。

災いを転じて福となす。
I turned a misfortune into a blessing.
ですね。
また受験英語です。

その後、ホテルに無事到着。

hotel

もちろん、唯一の目的だった自然史博物館も、十分すぎるほど楽しむことができました。
幸せな、幸せな、ロンドン滞在でした。


にほんブログ村 シニア日記ブログ 男性シニアへ
にほんブログ村へ
にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村へ


※おもしろかったら下の「拍手」を
ポチッとおねがいします。励みに
なります。

ケニア48 ヒースローで夢の中 

あいかわらず東日本大震災の報道が続いています。

インターネットでも様々な画像や映像やアップされています。

今日は津波が襲ってくる動画を立て続けに見てしまいました。
あの波に、想像もつかないほど多数の人々が、恐怖におののきながら
あっという間に飲み込まれてしまったんだと思うと、
ただただ落ち込みます。

さすがに漫談の筆も進みません。

ただ、最後に見たニュースの動画に出たおじいさんの一言で、少し救われました。
「また再建しましょう。」
です。

高齢者3名が震災3日目に、いまにも倒壊しそうな家屋の三階から自衛隊に
救出された瞬間の映像です。
「チリ津波も体験してっから、大丈夫。また再建しましょう。」
と、ホットした表情でマイクに向かって力強く言ってます。

きっと飢えと寒さと恐怖に打ちひしがれ、死を覚悟した3日だったに違いありません。
それを乗りきった安堵感があるとはいえ、
「おじいさん、あっぱれですね。」とおもいました。

被災者のみなさんの、これからの再建の進展を心からお祈りします。


さて、気を取り直して、書いていきます。

ヒースロー空港で、おそらく到着予定時刻の午前5時5分に合わせて
私を待っていたにちがいないドライバーを結果的に無視してしまい、
私はラウンジに向かいました。

結論。最高に comfortable でした。

受付で、「荷物を預けるか?」と聞かれたので「よろしく」といって
引換券を受け取りました。

少し進むと、今度は、「風呂に入るか?」と聞くのです。
なんと、風呂があるんだ!
ガウンもタオルも貸してくれる。もちろん、ただ。
しかしここで入ってしまったらたぶん寝てしまう。
イギリスを発つ直前にホテルでシャワーを浴びればいいと判断し、No, thank you.

こんどはエレベーターに乗れといいます。
2階に上がると、ありました、ありました。
立派なラウンジが。

あまり知られていないようで、10人もいません。
ソファーはふかふかです。
部屋の色調は graceful そして、BGMも elegant!
預けた荷物にデジカメを入れたままでしたので、写真がないのが残念です。

朝の5時半だというのに、ちょっとだけワインをいただきました。
てへへ。

クッキーもつまみも、よりどりみどり。
その種類の豊富さに感動です。

クラッカーの上に、サラミやシーチキンなどをのっけたやつ、
シューマイのちょっと変わった形のやつなんぞをたくさん皿に取り、
マンダージとチャイを探している自分に苦笑しながら、
新聞を手に取りじっくり堪能しました。

そうそう、昼食は、自然史博物館の中でとれるかなあと案じていた矢先、
軽いスナックやクッキー、チョコなどが目の前にあるのです。
幸い、ジャケットにはポケットがたくさんあります。

たしかクッキーの袋に、”もって行ってください”と書いてあったような、
なかったような、、、。

さあ出ようかと思って立ち上がると、 SANCTUARY という看板が
目に入ってしまいました。
いい響きですね。

当然、中をうかがってみます。
薄暗く、誰もいないようです。

当然、足を踏み入れます。
癒しの曲が流れています。おまけにいい香り。

ソファはリクライニング、足元にはマッサージ器兼指圧器があります。
英語で siatu と表示されていました。

この夢のような世界に、30分もいたでしょうか。
その間、だれ一人入ってきませんでした。

私は貸し切り状態の聖域で、ほんとうにすっかり癒されました。
身も心もすっきりし、旅の疲れもとれてしまったのです。

「ヒースロー、大好きだ。さすが、イギリス。いよーっ、ロンドン。」なんてね。

まさかその数分後に青ざめるとは、それこそ夢にも思っていなかったのです。


にほんブログ村 シニア日記ブログ 男性シニアへ
にほんブログ村へ
にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村へ

※おもしろかったら下の「拍手」を
ポチッとおねがいします。励みに
なります。

ケニア47 ヒースローに置いてきぼり 

ナイロビ国際空港を発ったのは、3月5日の夜中です。

日本を発ってナイロビに着いたのは1月9日ですから、ほぼ
2ヶ月ケニアに滞在していたことになります。

ナイロビ国際空港では見送っていただいてから搭乗するまでに
そうとう時間がありました。
警備員との駆け引き(昨日の記事)でホッとしたあとは、隅々まで探検です。
売店はあまり開いていませんでしたが、最後のケニアシリングを使いました。
とはいえ、できるだけ警備員を避けて動きました。
どこやらの校長のように、しおりをもっとくれもっとくれと言われた日には、
もうお手上げだからです。

離陸したのは、予定の23時を30分ほど回っていました。
まあケニアに2ヶ月もいれば、時間どおりに出発する方が
おかしいという気になります。
むしろ、30分の遅延など上出来です。

離陸すると、ほんのしばらくだけナイロビの街の明かりが見えていましたが、
すぐに地上は真っ黒になりました。
どこをどう飛んでいるやらさっぱりわかりません。

真っ暗な景色を窓から見ていると、ちょうど自分の顔が窓ガラスに映っています。
さすがに髪は伸びました。いちども散髪屋には行かなかったからです。
散髪屋で万一編み込まれでもしたら日本に帰れません。

顔は、日本にいたころよりもなぜか元気そうで、冬なのに日焼けしています。
これもちょっとまずいです。
危険情報飛び交う地に出張し、命からがら帰ってきたというストーリーを
職場の皆さんが思い描いているでしょうから。

くだらないことを考えつつも、病気もケガも盗難も交通事故もなかったことを
率直にうれしくおもうと同時に、日本人のスタッフの賢明なサポート、
そして現地スタッフの旺盛な意欲やフレンドシップに助けられたことを
しみじみ思い、一人一人の顔や、行動、言葉などを思い出したりしていました。

お役に立てたかなあという思いもありましたし、帰国後にさらに貢献する方法も
あれこれ考えているうちに睡魔に襲われました。

目が覚めると、ヒースロー空港への着陸態勢に入っていました。
到着予定は早朝5:05で、これも30分程度遅れました。

ロンドンから日本に向けて飛ぶのはその日の夜ですから、まるまる日中が
空いています。
ロンドン市内のホテルから空港へ迎えが来てくれることになっており、
帰りも空港まで送ってくれる約束です。
したがって、どうしても行きたいと思っていた自然史博物館のことだけを考え、
ナイロビでほんの少しだけ両替したポンドと、ホテルから博物館までを示した
簡単な地図、そしてデジカメをもっただけの軽装で空港に降り立ったのでした。

ガイドブックなどもってなかったのです。
ちょっと甘かったですね。

そして大事件が起きました。
ホテルからの送迎の車に乗れなかったのです。


送迎車については、なにせ2ヶ月も前の打ち合わせです。
たしかに日本を発つ前に旅行業者から聞いていたように思いますが、
ケニア滞在中にすっかり頭から飛んでいて、メモだけが頼りです。

そのメモには、
「空港内の一角にある「Europe Car」というレンタカーの窓口に運転手がいる。
無料チケットを渡すこと。」
と書いています。

実は、この窓口というのは、たんなる場所の説明であり、
レンタカーの会社と、ホテルの送迎車とは何の関係もなかったのです。

わたしは、てっきり、そのレンタカーの会社が車を出してくれると
信じていました。
ホテルからの送迎車なんて、この世に産まれてから一度も使ったことが
ないものですから。

無料チケットもちゃんともってるし、少々時間がずれても、ホテルまで送ってもらえるだろうと
完璧に思いこんでいたのです。

それには、伏線がありました。

実は、ビジネスクラスの客は、出発前に特別の待合い室(ラウンジ)が利用できます。
軽食、お菓子、ソフトドリンク、それにアルコール類など、すべて無料です。
新聞、雑誌も各種取りそろえてあり、高級感のあるソファで、ゆったりとリラックスして
待つことができるのです。

成田を出る際に味をしめた私は、ヒースローでも期待を寄せます。
ただし、搭乗口の近くにはあるのですが、はたして降機口にも
あるのかどうかわかりません。

ナイロビの日本人スタッフたちも、降機口にはないだろうと
言っていました。
ところが、ヒースローに到着寸前に、ラウンジがあると機内放送が
流れたのです。
念のためにフライトアテンダントのお嬢さんに確かめると間違いありません。

「もし時間があったら、どうぞご利用くださいね。」だって。
青い目でどうぞなんて言われたのが運のつき。

ここで私は、絶対にラウンジを inspect すべきだという結論に達したのです。
そして、その結果をナイロビのスタッフたちに教えてあげなくてはと、
いわば使命感のようなものが胸にわき起こったのでした。

さいわい、空港到着は早朝の5:30ごろです。
その足ですぐさま市内のホテルに送ってもらったところで、博物館の開館の時間まで
何もすることがありません。
ラウンジの inspect にうってつけです。

ええ、ええ、十分に堪能しました、お陰様で。


さあ、ぼつぼつホテルまで送ってもらおうかと、悠々とレンタカーの窓口に
向かいました。すぐにわかりましたね。

おや、まだ窓口が開いていません。
まあ、7:00になったら誰か来るだろうと少し待ちましたが
だれも来ません。

おかしいなあ。

そうか、もう一つ Europe Car が別のところにあるかもしれないと
通る人に聞きますが、それもないようです。

じわりじわりと焦り始めました。

そうか、ここはたんなる待ち合わせ場所に過ぎなかったのか。

迎えのドライバーは、レンタカー屋さんではなく、ホテルから来て、
飛行機の到着時間に合わせてここで待っていてくれたんだ。

たらりと冷や汗が出ました。


にほんブログ村 シニア日記ブログ 男性シニアへ
にほんブログ村へ
にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村へ


※おもしろかったら下の「拍手」を
ポチッとおねがいします。励みに
なります。

| NEXT≫

プロフィール

スクーティスト

Author:スクーティスト
ブログ「スクーターで撮り歩き」にようこそ。
「ラボ・オルカ」、「スタジオ・オルカ フォトギャラリー」、
「広島干潟生物研究会」にもどうぞお越しください。

ようこそ SCOOTIST です
ようこそ、SCOOTIST です。

時々、ビッグスクーターにまたがって、中・四国の自然にひたりに出かけます。
小さな生き物たちの息吹が伝わったら幸いです。
日常のできごとも気ままに書いていきます。

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
これまでの閲覧者数
検索フォーム
ご意見・ご感想を
中・四国の自然や生き物情報、ドライブ情報もおまちしています。 ここにお書きになった内容は公開されません。

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR